生姜の日

おはようございます😃

今日は何の日?

6月15日の今日は「生姜の日」です。

石川県金沢市の生姜の神を祀る。波自加弥神社で「はじかみ大祭」(生姜祭り)が行われる日であることが由来となっています。

生姜の栽培、生姜の研究、生姜のレシピ提案などを行っている株式会社 永谷園が「生姜の魅力を多くの人にしってもらう」という目的で制定された記念日です。

生姜は古来より体に良い食材として食生活に欠かせないものとなっています。
煮物の味付けや生姜焼きなどの料理があり、色々な食材との相性もいいことから料理のバリエーションも豊富ですよね。
また、風邪を引いた時には身体を暖めるのには最適な食材です。

「体を暖める生姜の食べ方」
生姜は身体を暖める食べ物だと知られていますが、生姜を食べるだけでは身体は暖まりません。
生姜の成分で「ジンゲロール」と「ショウガオール」というものが含まれています。
ジンゲロールの辛さなどによって多少は身体が暖まりますが持続はしません。
ショウガオールは血流を良くして身体を暖める成分となるため、身体を暖めるためにはショウガオールを摂取することが必要です。

ショウガオールは生の状態ではほとんど含まれていないため、そのまま食べても身体は暖まらないのです。
ショウガオールは生姜を温めることによって作られるため、ホットジンジャーなどは身体を暖めるのには最適です。
但し必要以上に(100度以上)で生姜を熱し続けるとショウガオールが壊れてしまうため注意が必要です。

今日もよろしくお願いします🤓

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五輪旗制定記念日

おはようございます😃

今日は何の日?

6月14日の今日は「五輪旗制定記念日」です。

1914年6月14日に5色のオリンピック大会旗が制定されたことが由来となっています。

五輪旗はオリンピックマークとも呼ばれており、左から青・黄・黒・緑・赤の5色の配色の輪を重ねて描かれているマークですね。
オリンピックマークに描かれている輪は、ヨーロッパ・南米アメリカ・アフリカ・アジア・オセアニアを表現していて、五大陸同士が結束し連帯する事を意味しています。

五輪の輪の色は特定の大陸を意味するものではないそうです。
オリンピックマークのデザインをしたのは、近代オリンピックの父とされるピエール・ド・クーベルタンによって制作されたもので、古代オリンピック開催地のデルフォイの祭壇にあった休戦協定を中に刻んだ五輪の紋章をヒントに作られたそうです。

「夏季と冬季オリンピックは同年開催だった」
現在は夏季オリンピックと冬季オリンピックは、二年置きに交互に開催されてますが、元々は同じ年の開催でした。
夏季オリンピックの第1回大会は1896年開催され、冬季オリンピックの第1回大会は1924年に開催されました。
途中で戦争の影響でオリンピックが中止された年以外は、1992年に行われたアルベールビル冬季オリンピックまでは同じ年が開催されました。
しかし、1992年のアルベールビルオリンピックの後、開催された冬季オリンピックが1994年にリレハンメルオリンピックとなり、ここで開催される年が2年ズレることになりました。理由はわかっていません。

「オリンピックが4年に1度の理由」
なぜオリンピックが4年に1度なのか不思議ですよね。

古代オリンピックの開催の周期をそのまま採用して、近代オリンピックを復活させたからです。
オリンピックは平和の祭典とされてますが、古代オリンピックはギリシャ神話の女神 アテナを祝福するための祭典でした。

古代オリンピックが4年に1度だったかと言うと、アテナは金星の神だとされていて、地球と金星が同じ位置の一直線上に並ぶのが4年に1度だったためだと言われています。

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小さな親切の日

おはようございます😃

今日は何の日?

6月13日の今日は「小さな親切の日」です。

1963年6月13日に「小さな親切」運動本部が発足したことが由来となっています。

「小さな親切」運動は、1963年に行われた東京大学の卒業式の告辞の中で茅誠司総長が「小さな親切を勇気を持ってやってほしい」といった事ががきっかけとなって始まった運動です。
この運動は
「できる親切はみんなでしょう。それが社会の習慣となるように」
「人を信じ、人を愛し、人に尽くす」
という事をスローガンに運動が進められています。

人間関係が希薄になっていますがこういった心掛けを普段から忘れずに生きていきたいですね。

「なぜ親を切ると書いて親切?」
親切という言葉は「親を切ると書いて親切 」不思議ですよね。
親切という言葉の「親」という漢字ですが、これは両親の事を表すのではなくて、親しい間柄の人のことを表しています。
そして、「切」という漢字は「刃物で傷つけたり」や「関係を断つ」といった意味に見えるかも知れませんが「切」という漢字には「直に接する」という意味が込められています。
すなわち、親切という言葉は親を切るという意味ではなく、「相手に直に接して親しくする」という意味になります。

親切の本来の意味にもある様に、人に優しくする時は相手に寄り添って親身になってあげたいですね。

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日記の日

おはようございます😃

今日は何の日?

6月12日の今日は「日記の日」です。

1942年6月12日にユダヤ人の少女 アンネ・フランクによって「アンネの日記」が書き始められたことが由来となっています。

ナチス・ドイツのユダヤ人迫害を逃れオランダのアムステルダムの隠れ家に身を隠していた頃に父から13歳の誕生日プレゼントとして日記は贈られたものです。

1944年8月1日に隠れ家が密告によって見つかり、アンネ一家はポーランドのアウシュヴィッツに送られることになり、同時に日記はこの日に終わっています。
アンネは1945年3月にドイツのベルゲン・ベルゼン強制収容所で15歳の若さで病死しました。

フランク一家で生き残ったのは、アンネの父であるオットー・フランクだけでしたが、父 オットーによってアンネの日記が出版され、世界的なベストセラーになりました。

「隠れ家の密告者は?」
アンネが隠れ家としていたのは、父親のオットーの会社が入っている4階建てのビルの奥に連結した建物を改造して作られたものでした。

父親 オットーの伝記によるとオットーの仕事の取引相手であるユダヤ人のアントン・クリスチャン・アーレスが密告者ではないかとされています。
当時はユダヤ人が報奨金欲しさに同胞のユダヤ人を売るということは珍しい事ではなく、アーレスもまたナチスに協力的な立場だったそうです。

アーレスは商売をしていく上でオットーを必要としてましたが、オットーの会社が倒産すると共にオットー一家を保護する必要が無くなり、身の安全と報奨金を引き換えにナチスに密告したとされています。

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傘の日

おはようございます😃

今日は何の日?

6月11日の今日は「傘の日」です。

6月11日が雑節である入梅にあたることが由来となっています。

梅雨入りとなる目安となるのが雑節の「入梅」となります。
入梅に合わせて制定されたのが「傘の日」です。
日本洋傘振興協議会(JUPA)によって1989年に制定されました。

梅雨も本番になって、折りたたみ傘が必須アイテムになりますね。
この時期は湿度が高いうえに温度も高いことからいつも以上に暑さを感じて体調を崩しがちになりますが、体調には気をつけて下さいね。

「警察官は傘をさすことが出来ない」
制服を着て勤務中の警察官が傘をさしている姿って見たことがないですよね。
警察官のほかにも自衛官や刑務官などの服務規程によると傘をさすことを認められていないということです。
なぜなら、警察官が身に付けられるものは支給された物のみとされていて、その支給品の中に傘が含まれていないため、傘の使用ができないそうです。

傘もささずに日本の安全を守っている警察官に感謝ですね。

「傘は昔は雨具じゃなかった」
傘は古代エジプトやオリエントの時代から使われていた道具です。しかし現在と違って昔は雨具ではなかった。
傘は宗教儀式の際などに使われた権力を象徴する道具だったそうです。
傘は日除けの道具として使用され権力者が傘に覆われて守られている様は、権力の象徴とされました。色々な装飾が施されていたためにとても重かったそうです。
現在は持ち運びがしやすいシンプルなデザインの傘で使いやすくなってますよね。

今週もよろしくお願いします🤓

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時の記念日

おはようございます😃

今日は何の日?

6月10日の今日は「時の記念日」です。

671年6月10日に水時計が初めて作られたことが由来となっています。
東京天文台と生活改善同盟会によって1920年に制定されたもので、「時間をきちんと守り、欧米並みに生活の改善・合理化を図る」という目的から制定されています。

日本書紀によると天智天皇10年4月25日の項に「漏剋(ろこく)(漏刻(ろうこく))を新しき台(うてな)に置く。初めて候時(とき)を打つ。鐘鼓(かねつづみ)を動(とどろか)す」と記されています。
671年4月25日(グレゴリオ暦にすると6月10日)に漏剋(ろこく)とは水時計であることから、天智天皇が水時計を初めて作られて時を刻み始めたという記述となっています。

「時は金なり」という言葉がある様に、日々の時間を無駄に過ごさないためにも普段の自分の行動を見直すにはいい機会かも知れませんね。

「時計の針が右回りの理由」
時計の針は右回りですよね。もちろん世界共通です。
時計の針が右回りに動くのは、日時計が関係しています。
日時計とは、太陽光によって作られる影の方向から時間を算出する時計のことであり、影の動きは太陽の逆で「西→北→東」という右回りの順になります。そのため、時計の針は右回りが採用されました。
ところが南半球では日時計の影が「東→北→西」と左回りとなっていて、時計の針も左回りになってしまいますよね。
機械式の時計自体がそもそも北半球で発達したものであるため、それが南半球の国々に普及していくことになり、世界の時計の針は右回りで統一されました。

「昔は大砲が時報?」
明治から大正時代の日本ではまだまだ時計は普及していませんでした。
そのため、大砲の空砲を鳴らすことで正午であることを伝えていたそうです。驚きですね!
大砲を使った時報はとてもお金がかかったそうで、大正11年からは、予算削減を理由に徐々に廃止されていき、代わりにサイレンを用いて正午を伝えることになりました。
東京では昭和4年まで大砲の空砲で正午を伝えていたそうです。

大砲の「ドン」という音が一日の半分(正午)を伝えることから「半ドン」という言葉が誕生日したと言われています。

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ネッシーの日

おはようございます😃

今日は何の日?

6月9日の今日は「ネッシーの日」です。

1933年のこの日にイギリスのスコットランドにあるネス湖という湖に恐竜が住んでいるという記事が掲載されたことが由来となっています。

ネッシーとはネス湖に生息している恐竜ということでネッシーというネーミングになりました。
当時の新聞に写真付きで掲載されたことあり、世界中でネッシーのことが話題となりました。
写真が撮影された60年後の1994年に撮影者の関係者によって、捏造写真であったことが判明しました。
まだまだネッシーを探し続けている人もたくさんいるようです。
本当にネッシーはいるのでしょうか。
未確認のため、UMA(未確認動物)となります。

「日本にもUMAがいる」
日本にも似たようなUMAがいます。

北海道の屈斜路湖で目撃例のある巨大未確認生物「クッシー」です。
1973年を境に目撃証言が相次いでます。
実際に写真に収められているそうですが、本当にいるのかは定かではありません。
アイヌの伝説によると湖に巨大な蛇が住んでいると言われています。

鹿児島県の池田湖でも巨大未確認生物「イッシー」の目撃例があります。
最初に目撃があったのは1961年のことで、現場にいた20人以上の人が同時に目撃したそうです。
池田湖には龍神が棲むという伝説があるため、これがイッシーだとされています。

皆さんは「クッシー」「イッシー」がいると思いますか?

「パンダやゴリラは昔はUMAだった」
ジャイアントパンダも19世紀以前は未確認生物だったのです。ジャイアントパンダが発見されたのは1869年のことでした。
それまではパンダといえばレッサーパンダのことを指す言葉でしたが、レッサーパンダを大きくしたような見た目なので、ジャイアントパンダと命名され、レッサーパンダと区別されるようになりましたが、やがてパンダといえばジャイアントパンダを表す言葉となりました。
動物園でお馴染みのゴリラも20世紀初頭に発見されるまで未確認生物扱いだったそうです。

身近な動物も近年までUMA扱いだったことを考えると現在も架空の生き物だとされているものが、100年後には当たり前に動物園などで見られるかも知れませんね。

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バイキングの日

おはようございます😃

今日は何の日?

6月8日の今日は「バイキングの日」です。

793年(延歴12年)に北欧の海賊バイキングの活動が初めて記録に載ったことが由来となっています。
バイキングは北欧出身の海賊の総称です。

中東やアフリカなどでは今も海賊行為が多発していて、護衛艦がないと運航するのが厳しい海域もあるそうです。

「海賊の食事事情は過酷」
海賊といえば宴会でドンチャン騒ぎをして豪勢な食事をしているイメージですが実はとても質素な食事だったそうです。

海賊といえばお酒を飲んでるイメージですがあれは水などの飲料水を船に持ち込んでもすぐ腐ってしまい長期間保存が出来ないため、腐れにくい大量のアルコール類の飲み物を船に貯蔵したそうです。
また、硬くて味のないビスケットのような「ハードタック」と呼ばれる食べ物が長期間保存が出来たそうで、ハードタックを食べながお酒を飲んで飢えを凌いだそうです。

海上では牛や豚などの肉を食べることができなかったため、ウミガメを捕まえて、その肉を食べることが多かったそうです。
時には船内にいるネズミや虫などを食べていて、最悪の場合は人間同士の共食いもあったと言われています。
当時の海賊の食事事情はいかに劣悪だったか分かりますよね。

「海賊が眼帯をしている理由」
海賊の船長と言えば海賊帽を被り目には眼帯を付けているイメージがありますが、眼帯は目を怪我してる訳でもなく、また格好付けるためでもないんです。
昔の船は現在の船と違って電気などがなかったために明かりを確保出来ませんでした。
日中はの甲板は太陽の光で明るいのですが船内に入ってしまうと真っ暗という事もあったそうです。
明るいところから船長室に戻って地図を見ようとしても部屋が暗くて地図か見えないため時間をかけて目をならしてました。
そこで、眼帯で覆っておいた目の方を使用して、素早く暗闇の中でも地図を見られるように工夫をしていたのです

今日もよろしくお願いします🤓

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緑内障を考える日

おはようございます

今日は何の日?

6月7日の今日は「緑内障を考える日」です。

六(ろく)七(な)で「りょくない」という語呂合わせが由来となっています。

緑内障の患者やその家族で作る「緑内障フレンド・ネットワーク」によって制定されました。
「緑内障フレンド・ネットワーク」は緑内障の患者や家族と交流し情報交換をしたり、緑内障に関する啓発と情報発信を目的として活動しています。

緑内障は目の病気で少しずつ視野が狭くなっていく病気で、症状の進行がとても遅いことから発見が遅れることがあるそうです。
治療が遅れてしまうと失明してしまう事もある病気のため、定期的に眼科健診を受けたいですね。

人間は感情的な生き物ですから誰もが1度は涙を流したことがあるのではないでしょうか。
流す涙は感情によって涙の味が変わってするそうです。
涙の味は涙を流している時に交感神経が働いているのか、それとも副交感神経が働いているのかによって味が変わってきます。

交感神経が働いている時は悔しい時や腹が立っている時で、この時の涙は塩辛くてしょっぱい味がするそうです。
副交感神経が働いている時は、嬉しい時や悲しい時のようでこの時の涙は水っぽくて甘めの味がするそうです。
涙を生成する時は血液を原料として涙腺で作られていて、無色透明の涙は血液と非常に似ているため、涙は目から流れる血液かも知れませんね。

今日もよろしくお願いします。

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楽器の日

おはようございます😃

今日は何の日?

6月6日の今日は「楽器の日」です。

日本では昔から芸事は6才の6月6日から始めると上達すると言われていることが由来となっています。
この記念日は全国楽器協会によって1970年に制定されました。

6才から始めると芸事が上達するという、ちゃんとした由来があります。
人間が指を使って数を数える時に、1~5までは親指から順番に指を折り曲げて閉じていきますよね。
そして折り返しを迎えると6という数字の時には小指から指を立てて行くように数えて行く思います。
このように「6」という数字の時に小指が立つことから「子が立つ」と言われていて、6才から習い事を始めると上達が早くなると言い伝えられています。

「エレキギターを発明したのは日本人?」
日本人は様々な発明品を世に送り出しできました。
エレキギターも日本人によって発明されたという説があります。

1930年代の半ばに発明家の政木和三という人物がコンサートに行った時のことでした。
ギターの中にマイクを入れて演奏をしているのですが雑音がひどかったそうです。そこで磁石とコイルを使ってギターの金属弦の振動を音としてスピーカーに直接送るギターを発明しました。
これが世界初のエレキギターということです。

しかし、1910年代にはバイオリンやバンジョーの内部に電話の受信機を取り付けることにより音を増幅させるという特許が出されています。
更にギターのメーカーでリッケンバッカーが1932年に「エレクトリック・スパニッシュ・ギター」というものが発売され、これが世界初のエレキギターとされています。
日本人としては世界初のエレキギターは日本製だと言いたいのですが、世界的に有名なリッケンバッカーこそが初代だと思われています。

「ピアノの鍵盤は白ではなかった」
現在では当たり前のように白い鍵盤と黒い鍵盤が並んでいるピアノですが、ピアノが発明された時は鍵盤は白くなかったのです。
ピアノが発明された頃は白鍵盤は塗装がされておらず、木の色がそのままで、木の色と黒色の鍵盤という組み合わせだったそうです。
時が経つにつれ木の鍵盤がだんだん劣化し黒くなってきてしまい、黒い鍵盤と見分けが付かなくなってしまったそうです。
そこで木の鍵盤白色に塗ることによって、木の鍵盤の劣化によって黒くなることを防ぎ、より黒い鍵盤との見分けがつくようになりました。

今日もよろしくお願いします🤓

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